特定非営利活動法人 市民活動情報センター
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沖縄のいまとこれから


(※このページの意見などは、今瀬個人の責任によるもので、組織のものではありません。)
寄稿論文
『沖縄タイムス』寄稿: <論壇> 「日本と違う沖縄に衝撃 基地解決の困難さ 痛切に」 (pdf:590kb)
    (2010年5月12日、今瀬
意見メモ
 沖縄のいま

   沖縄のいまを訪ねて(2010年4月、今瀬
   沖縄でのホームレスの方々との出会い(2010年4月某日、今瀬
 みんなが仲良く、平和で豊かに暮らせるために


沖縄のいまを訪ねて(2010年4月、今瀬

日本の本土(沖縄県外)に住む者の責任として、「沖縄のいま」を知り、また、「75%」の数字(全国の基地の多くが沖縄にあること)を体感・理解するための旅に出かけました。

賛成・反対等の意識抜きで、先入観抜きの真っ白な頭で、沖縄本島全土(基地のまちは殆どすべて)を客観的に見てまわり、政府と住民等の双方の多くの方々のお話を聞くとともに、基地問題の解決策、経済振興策、雇用・失業対策、生活振興策、人材育成策などについて、意見交換をしてきました。
真剣に向き合ってくれた沖縄の方々には、感謝の気持ちで一杯です。

これまでに、仕事や遊びで何度も訪れた沖縄でしたが、「日本であって日本でない沖縄のいま」を初めて「衝撃」を持って知りました。県内でも地域によって状況が全く違うことも知りました。
これまでの自分の認識の甘さを強く反省しました。

沖縄の方々の「痛み」「犠牲」の上に、本土に住む者の生活・経済が成り立っていることをきちんと知り、問題に向き合い、如何なる改善、貢献ができるかを真剣に考え、対応していかなければならないと痛感しました。

私は、喧嘩や勝ち負けの争いごとが嫌いです。
一方が角を出せば、相手も角を出しますが、一方が角を引っ込めれば、相手も角を引っ込めるものだと、信じています。
ですが、今回、沖縄が抱える問題解決がとてつもなく難しいことを強く認識しました。
でも、それでも、みんなでお互いに、違いを尊重し分かり合い、相手を思いやって、解決・改善を求め合えば、必ずや道は切り開けると信じたいと思っています。

これほどの「痛み」を負っているからこそ、大きく議論が起こっている今を大事にし、沖縄・本土(・米国)間の格差(経済面も人権面も)をなくし、みんなが仲良く、平和で豊かで安心して暮らせる沖縄になるチャンスとなればとも思っています。

沖縄でのホームレスの方々との出会い(2010年4月某日、今瀬

沖縄訪問のある日、昼間、国や県で打合せをした後、夕方から、ホームレス支援をやっている市民のグループをお邪魔しました。
おにぎりを握るのをお手伝いして、7〜8人のボランティアの方と一緒に支援の現場に行きました。

那覇のまちなかの路上で生活をしていらっしゃるホームレスの方に、お一人ずつに、おにぎりや温かい味噌スープやカップラーメンをお配りし、生活相談などのことで話しかけて、まちをまわりました。

泊港・とまりんのあたり、県庁前駅のあたり、りゅうぼうのあたり、美栄橋駅のあたり、公設市場の周りの商店街路地、・・・・・・。

毎週決まった曜日の決まった時間の頃に、決まった場所に、行くのですが、ホームレスの方も、支援の方も、お互いに名前と顔をちゃんと知り合っているので、信頼関係が強いです。いつもいる人がいないと、心配になります。いつもいる場所以外にも、他にいないか探してまわります。

ホームレスの方は、皆さん、言葉少なで、物静かです。だから、支援の方々も、一緒にしゃがんで、静かに話しかけます。

小生は、その日は、お客さんとして、ホームレスの方にご挨拶して、お話しました。おばちゃんが、ニコッと笑顔を向けてくれました。別れ際も、振り返るたびに、何度もニコッと笑顔をもらいました。

そのおばちゃんもそうですが、皆さん、捨てられたものを上手く工夫して、路上での生活に役立てています。そのおばちゃんは、スーパーなどの袋を、スカーフのように、頭や肩にまいて、寒さしのぎをしています。また、袋をひも状にして手提げにして、生活用具入れを作っています。

支援グループの方のお話では、把握しているだけでも、那覇のまちなかに、240〜250人がいるそうです。

路上生活からアパート暮らしに移れるように、生活のお手伝いが何かできないか、少しずつ、自然体で話しかけます。

でも、ホームレスの方が食べている姿は、見ないようにしているようで、お一方、お一方に、長くいることはしないようにします。
スープやカップラーメンに温かいお湯を注いで、食べられるようになったら、冷めないうちに、お元気でね、と言ってわかれます。

昼間は観光客の多い公設市場近くの商店街のある路地通りでは、夜になると、4人のホームレスの方がいらっしゃいましたが、そのうち、お一方がお亡くなりになり、3人の方が、やっと、申請ができ、認められて、生活保護を受けれるようになりました。

その日は、最後のお一方が、生活保護を受けられるようになり、喜びで一杯でした。

入れるアパートのこと、最低限の生活道具を揃えること、電話(携帯電話)を持てるようになること、・・・。食器は今度、ボランティアの人が自宅から持ってくることになりました。でも、テレビは手に入らず、で。。。

ホームレスの方は本当にうれしそうでした。その夜はまだ路上で夜を送りますが。

ホームレス支援をやっている皆さんは、ホームレスの方が生活ができる施設が何とか作れないか、ということを、しきりにおっしゃっていました。出来れば、那覇市など行政で作ってくれるといいなと。どんな簡易な施設でもいいから。屋根がある施設をと。

大阪でも、釜ヶ崎などでホームレスの方が多くいらっしゃって、何度か、小生、お邪魔したことはあるのですが、那覇のホームレスの方は、大阪の方とは、少し違った感じもしました。

沖縄・那覇は、自治組織が強い土地柄で、助け合いの活動は昔から自然な形ですごく活発のようですが、ホームレス支援のような活動は、NPOのようなゆるやかなグループ・団体が担っているようで、それぞれが上手くフォローし合っているんだなあと、あらためて思いました。
沖縄・那覇には、ある程度組織化されたホームレス支援団体があるようですが、今回、お邪魔した支援グループは、そうした団体の支援からももれた方々を支援していると聞きました。

その日は、那覇のまちなかでも、路上生活をされている方が、意外と多くいらっしゃるんで、いろいろと考えさせられました。

おばちゃんやおじちゃんがスープなどを大事に食べているお姿が、いまも、目に焼きついています。

みんなが仲良く、平和で豊かに暮らせるために


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