市民活動促進法が、どうした訳かNPO法と呼ばれるようになったため、NPOの議論がすっかり混乱してしまった。
NPOとは改めて言うまでもなく利益追及を目的としない組織である。利益追及を目的としないということは、出資者に対して利益配分をしないということであって、利益をあげてはいけないものではない。利益があがれば再投資することになるが、そのようなことは例外的である。経常的に利益が上がるのであれば営利企業として成り立つ。
NPOは非営利企業であると考えればよい。営利企業にグローバルなコングロマリットから個人商店まであり、銀行や証券会社があるように、NPOにもグローバルな国際NGOからサークル的なボランティア・グループまであり、市民バンクや助成機関がある。当然、特殊なNPO以外は事業収入を得なければならないし、有給職員を雇用しなければならない。
NPOも企業であるとはいえ、営利企業とはまた異なる収支構造となる。NPOは一般的には営利企業とは異なるマーケットを対象とする。社会的便役(Social Benefit)が大きいにも関わらず、有効需要としては不足しているマーケットである。このようなマーケットについては何らかの資金援助がなければ事業が成り立たない。またNPOの使命(mission)に共鳴する無償労働(ボランティア)の協力を必要とする場合が多い。もっとも有給職員のみで運営される場合もあるが、その場合でも経営者(理事)は職員兼務以外は無給でなければならない。
従ってNPOの経営にとって、資金集め(ファンド・レイジング)とボランティアのリクルートが重要な課題となる。ボランティアの労働もスタッフの労働に代わるものとして金額換算して考えると、ボランティアのリクルートも広い意味では資金の問題と関連してくるのであるが、ボランティアの参加は有給スタッフの労働とは質的に異なると言えよう。
NPOに流入する資金は費目別では、事業収入、受託収入、会費、寄付金、助成金、補助金等がある。資金の支払者としては公的部門(国、地方政府)、民間企業、民間団体、個人がある。
ところで、営利企業のマーケットには乗らないが社会的便役の大きなサービスの代表的なものは教育、福祉、医療といったヒューマン・サービスである。現在の日本では憲法第25条に、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定し、社会福祉、社会保障、公衆衛生は国の責任とされている。また第26条に教育を受ける権利と教育の義務が規定されている。
その一方で、憲法第89条で「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便役若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」という公金支出禁止規定を設けた。この規定は、宗教や私立学校や民間の社会福祉事業に国家権力が介入するのを禁止する意味があり、それなりの歴史的意味を持つものであった。この憲法の規定を受けて社会福祉事業法では公私分離の原則を強く打ち出し、国および地方公共団体の不当な関与を禁止した。しかし現実には何らかの公的資金の支援がなければ民間社会福祉事業は存立し得ないために、措置委託の制度をつくりだした訳である。
福祉や教育は国の責任であっても、国自らが提供する必要はない。また国が決めた画一的基準で行わなければならないものでもないのである。それだからこそ、第89条をわざわざ設け、国家権力の介入を禁じたのである。公私分離の原則こそは、NPOの独立性を保証する崇高な理念なのである。現在NPOの重要性が認識されるようになったきているのは、正にNPOの独立性・非政府性なのである。政府の限界が明らかになり、NPOが多様な価値観、国境を越えるグローバル性、非権力性、先駆性・実験性を持っていることが新しい社会の担い手として期待されているのであって、非営利なるが故の廉価性に意味があるのではないのである。
しかしながら現実には公的資金無しにNPOの経営は成り立たない場合が多い。NPOの本場のアメリカでも、公的資金への依存度は高く、public-private
partnershipが提唱されている。
NPOの資金の問題を考察する場合に、この公金支出禁止規定を避けて通ることは出来ない。公的補助金を得るためには公の支配に属しなければならいのであれば、民間の寄付金に頼らなければならない。そこで繰り返し議論されているのが、寄付者への寄付金控除の問題である。寄付金控除についての議論は出尽くしたような感じがするが、寄付金控除と公金支出禁止規定との関係は議論されていないように思う。また公の支配とは具体的にはどの程度のことを意味するのかも明らかではない。
財政学の観点からはNPOの免税・非課税やNPOに対する寄付金を寄付者の所得から控除することも隠れた補助金と見なされる。とすればNPOに対する税制優遇措置も厳密に言うと第89条違反である。もともと日本の法人税で寄付金控除が認められていたのは経費としての寄付金の概算として控除枠が認められていたのである。1961年の税制改正で試験研究法人の制度が設けられ、個人の寄付金についても、62年の税制改正で税額控除が認められるようになり、88年の税制改正で試験研究法人が特定公益増進法人と改称され、ようやくこの頃からフィランソロピー税制が整備されてきたが、基本的議論は避けられてきた。
95年11月に国際NPO法制度センターのカーラ・サイモン事務局長が来日した時に、NPO法の制定に関連し、なぜ民法を改正しないのかと言う議論があり、私はアメリカのように憲法でさえ度々改正する国と異なり、基本法にはなるべく手を触れないのが日本の法文化であると発言したことを覚えている。
日本は法治国家なのであるから基本法についてももっと議論をしなければならない。行政法と通達で対処しようとするから、官僚支配の社会になる。民法改正に止まらず、憲法第25条、第89条等福祉に関連する公民の責任について、法律の議論を進めるべき時期が来ている。公の支配か公私分離かという二分法ではなく、その間に智恵が見い出されるように思うのである。
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